稲取灯台
2017 / 12 / 10 ( Sun )


日本史上初の女性灯台守はここ伊豆稲取で誕生しました。

お名前は 萩原すげさん


物語は明治期にさかのぼります ・ ・ ・



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稲取トモロ岬(艫櫓岬)の沖は

海難事故の起こりやすい場所として

漁民から恐れられていました。


1892年(明治25年)、稲取漁民代表の鈴木常右衛門らの考えで

トモロ岬(艫櫓岬)の上に灯台を作る計画を立てました。

何度か国にお願いしましたが、受け入れてもらえず

漁民たち自身でお金を出しあって作ることにしました。

1909年(明治42年)12月

当時のお金で850円(内、漁民積立金805円)の費用をかけて

完成しました。


灯台ができてからはその光が漁船の目印になり

難破する船もなくなったとのことです。


稲取灯台は1914年(大正3年)に

従来のカンテラ式からマントル式点灯器に変えることになりました。


これを点灯するには、国の資格検定が必要で

萩原すげさんにその大役が回ってきました。


萩原すげさんは資格取得のため、技術講習を受けに

下田港の神子元灯台事務所まで往復 50km の道を歩いて通い

苦労して資格を取り、日本で最初の女性灯台守になりました。


1917年(大正6年)に結婚、四男六女の子宝に恵まれました。

昼は段々畑を耕して野菜を作ったり

時には柿を売る行商などをして生計を立てていたそうです。

すごいですねっ!!


1943年(昭和18年)、戦争の激化により

敵機の空襲の道しるべになるという理由で灯台が廃止されるまで

すげさんは家族に助けられながら灯台を保守し

海で働く男たちの安全を守り続けました。


稲取灯台は、1985年(昭和60年)に復元されました。

高さ 3m 程の小さな灯台 ・ ・ ・


すげさんは1990年(平成2年)、享年96歳でお亡くなりになりました。




萩原すげさんの詳しい情報はこちらから



※ ちなみに本日、東伊豆町立図書館で

  生前の萩原すげさんのカラー動画インタビューを拝見しました!

  カラー動画があるなんてびっくり!!!





稲取から望む伊豆大島
今日は大島の街並みがはっきり見えました。
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国道135号から見下ろす伊豆稲取の街並みです。
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稲取灯台には日本史上驚きの事実があるんです!

稲取灯台そばにあった茶屋に大偉人が立ち寄っていたんです!

おそらくご存知の方は少ないのでは?

その名は ・ ・ ・


吉田松陰!!!


~ まだ早いのに握り飯を出して大急ぎで食べ

  下田までの道のり、近道を聞いたといいます。

  後でわかったことですが、この旅人二人が吉田松陰と金子重輔の二人で

  前夜の宿泊地大川から、沖行く黒船を追って下田に急行したとのことです。~


  くわしくはこちらをクリック
  「 二、茶屋の有人化 」の10行目からご参照下さいませ。




下田市柿崎弁天島にある吉田松陰と金子重輔の銅像
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静岡県下田市柿崎の弁天島にある弁天社と黒船です。

吉田松陰と金子重輔はこの祠に身を隠して

1854年4月24日の夜、密航を試みました。


当時もこのような風景だったのでしょうか?

激動期の日本が偲ばれます。












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23 : 58 : 56 | 稲取史跡探訪 | コメント(0) | page top
皇居東御苑に行ってきました!
2017 / 01 / 22 ( Sun )
東伊豆町内には

多数の角石(地元では畳石と呼ばれています)が点在しています。

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徳川家康の天下普請の大号令のもと 江戸城大修築のため

築城石積載船の建造、採石、運搬が大規模に行われました。

本日は実際に東京都千代田区の皇居東地区の旧江戸城本丸跡を見学してきました。
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ここ数日はとても寒かったそうですが、今日は風もなくポカポカ陽気でした ♪

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皇居東御苑が見えてきました。

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たくさんのランナーのなか 大手門をめざします。

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これが大手門!

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広大な皇居東御苑をすすむと・・・ついに天守台到着!!! かっこいいー
江戸城天守閣は、三度建て替えられましたが、明暦(1657年)の大火で焼失した後は
天守台石垣が築き直されただけで、再建されることはありませんでした。

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皇居東御苑には立派な石垣がたくさん ♪ 感動です!

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皇居東御苑の築城石には多くの矢割り跡を見ることができました。

稲取をはじめ、伊豆半島に多く点在する角石(畳石)が

このように立派に使われていることに感動!!!

昔の人ってすごいっ!と実感できました。

あらためて稲取の角石(畳石)を大切にしたいと感じる旅でした。


【おすすめのページです】
東伊豆江戸城築城石石丁場のホームページ



 



21 : 53 : 48 | 稲取史跡探訪 | コメント(0) | page top
東伊豆町指定文化財、伊豆稲取のもやい石
2016 / 08 / 06 ( Sat )
今日も暑いですね。 黒プードル・ぷうたです。

さきほど散歩にちょろっと出てみました。

あっちー!!! だめだめアスファルト熱すぎ!

やけどしちゃうよ。

涼しくなってから行こうっと。


さて本日ご紹介するのは、東伊豆町指定文化財 『 伊豆稲取のもやい石 』 です。
↓↓↓
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もやい石の上の方に穴があいてるね。

さてこの石はいったい何かというと・・・

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船が流されないようにつなぎ止めておくための石です。

昔、稲取の漁業が盛んだった頃に使われていたようです。

いつ頃から石に穴をあけ使用しはじめたかははっきりしないそうですが

イルカ追い込み漁にも使われたとの言い伝えがあるそうです。

また、大正期 稲取にはたくさんの縄船があったそうです。

この縄船、夏は船揚場に揚げ

その他の時期は海辺につないでいたため、もやい石が使われていたようですよ。

印の場所にもやい石があるよ。



17 : 34 : 13 | 稲取史跡探訪 | コメント(0) | page top
稲取漁港周辺と八百比丘尼さまをご紹介
2016 / 05 / 21 ( Sat )

はじめまして。 黒プードルのぷうたです。

大好きな伊豆稲取をご紹介いたしますよ。


ちなみに
父ちゃんは「ももたろう」
母ちゃんは「ガーネット」といいます。

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本日はぼくの大好きな稲取漁港周辺と

八百比丘尼さまをご紹介! (下の動画も見てね)
や お び く に


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ぽかぽかの漁港周辺をお散歩

磯の香り。 いやされるな〜

青空が気持ちいいー♪


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写真まんなかあたりの建物は・・・

東伊豆町役場!  おっきいね。

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役場の前ではいろんなイベントが

開催されるんだよ。

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伊豆大島。 きれい。 行ってみたい。

静岡県じゃなくて東京都なんだって。


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運が良ければ町並みも見えるんだ。

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漁師のじいちゃん。 

漁に使う網の手入れ中。

ゴツゴツした手が男らしくてかっこいい・・・


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おっ! イカのひものだ。 おいしそう!

食べたことないけど。


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犬が食べると腰抜かすっていうけど

ほんと?

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さあ! 本日の主役!!

伊豆稲取の道祖神。 八百比丘尼さまです。

平成26年 東伊豆町指定文化財になりました。


それでは動画のはじまりはじまりー♪






















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